3 YEARS

さいたまスーパーアリーナに4万人。
レッズフェスタに行って来た。なんだかんだ毎年行ってる。
やっぱりレッズはすごい人気だ(他人事。
平川兄さんがかっこよかった。怪我早く治してね。
今日のMVPは岡野と闘莉王。紅白戦は本当に笑えた。

以下ひとりごと。個人的な想い出話。
読まなくても全く支障はございません。というか読まないで欲しい(じゃあ書くな。



3年間。長いようでいて案外短かった。
短大のときから続けていたアルバイトをやめました。

わたしはあるラジオ局で働いていました。(正確には製作会社所属)
ラジオを聴くのが好きで、関わってみたいと思って。
それから右も左も分からないまま飛び込んでやってきたけど、あっという間。

振り返れば最初は1時間半チャリ漕いで通ってたっけ。
担当してたのが朝早い番組だったので、夜の街をひとりチャリンコと共に走り。
雨の日も風の日も雪の日も。これは半年続けた。
今やるか?って言われてもやりたくない。よくやった自分。

そのあとは終電で通うこと1年半。
遅刻したら、寝過ごしたらと心のどこかで思ってるんだろうね。
バイトの前はある種の強迫観念に追われて眠れなかった。
職場についてからもどこでも寝れる性質ではないからつらかったし、
仕事までの時間をつぶすことに苦心してた。
当時、短大から大学への編入を考えていたので勉強したり、
大量にあるCDをとっかえひっかえ聴いたり、
レコード会社のプロモーターさんと話をしたり、眠いと思いつつ寝れなかった。
それは今でもそう。次の日に重要なことがあると眠れない。この体質、治したい。
あの頃は仕事が終わった後も夕方まで授業があったけど、
疲れたからと言ってさぼるのは違う気がして、意地になって通ってた。
まぁ学生だから授業に出ることが当たり前なんだけど。

働く場所が移ったことを機に原チャリを購入。また夜中に通う生活。
誰もいない夜の街を歌いながら走るのは楽しかった。
ただ冬は寒さが痛かったり、何度か職務質問も受けたりした・・・。

朝早くに起きてて、時々綺麗な日の出や朝焼けが見れることが嬉しかった。
見れたときは得した気分になれたの。だってあの時間に起きてないと見れないから。
空気もキーンとしてて、体がしゃきっとするような気持ちになれて好きだった。
そういえばやめた日も朝焼けがすごく綺麗だったな。

色々な方にかわいがってもらえたことは本当にありがたかった。
長い間わたしが最年少で、お父さんよりも年上の方とも一緒に働いてたんだけど、
ことあるごとに気にかけてくれて、編入祝いとかもやってもらったし。感謝です。

ちなみに番組に関わる人数は多くて5、6人なので、ひとりひとりの役割が大きい。
それなのにわたしみたいな下っ端と大御所が一緒に同じものを作ってるってことが面白かった。
仕事を覚えるにつれて自分のやることが分かってくると、
自然と時間の使い方がうまくなった気がする。
優先順位を決めて動けるようになった。これは今後、社会人生活に生かしたいところ。

さて、わたしはいちスタッフとして番組に関わってきたのですが。
勝手にリスナーと親近感を持つようになりました。
まずわたしたちが届いたメッセージ全部に目を通すから、いつも見る名前は覚えるし。
文章を読むだけでどんな性格で、どんな生活をしてる、とか大体分かってくるもの。
そのことに気付くか気付かないかで今後の生き方が変わる、と言うと大げさかもしれないけど
自分も気をつけなきゃいけないと思えた。

そもそも、ラジオって聴くだけで楽しいし、別にメッセージを送らなくてもいいんだけど、
ちょっと勇気を出してメールを送る行為がドキドキするんだよね。
わたしもずっとラジオを聴いてたから分かるけど、読まれる読まれないじゃなくて、
もしかしたら自分の送ったメールが番組の一部になれるかもって思うだけで嬉しい。
そうやってわたしと同じように思ってるかも知れない人から送られてくる文章を読みながら
頷いたり、共感することが出来てとても楽しかったです。

何度か人間関係にも悩んだり、失敗したことはいっぱいある。
書けないほどの致命的なミスもあった。ああ、あのときこうしてればと言うことも多い。
でも全部想い出。そのときはつらかったけど今笑えてるからいい。

なんだか収拾つかなくなってきたけど、何年後かまた振り返ったときにこの体験が
わたしを形成する糧になっていますように。
これから始まる新しい社会人生活も、この漠然とした不安と緊張を乗り越えて
あとで笑って話せるようなものになりますように。

ただのひとりごとでした。おしまい。
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by ahyoomee | 2007-01-28 23:59 | etc.